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2009-01-09

恋愛眼鏡 act1

私は紙袋を片手に金田眼鏡ショップの自動ドアをくぐって外に出た。
今日は六月八日の日曜日――曇り空。天気予報では五〇パーセントの確率で小雨が降るといっていた。
でも、私には関係のないことだ。例え憂鬱な雨が降ろうとも私のテンションゲージは常にハイマックス。雨の中を躍り回ってもいい気分だ。
私は大事そうに紙袋を抱えて地下鉄に乗って、寄り道などせずにそのまま自宅に帰ることにした。
と、言っても商道買いができるほどのお金なんてもう持っていないんだけどね。
 あまりの嬉しさに歩きながら友人にメールを送った。
『念願のジンレッドライン買ったよ』の顔文字一切なしのシンプルなメール。
最終駅である高畑駅で下りてそこからは徒歩で自宅に向かう。私のマンションは荒子川付近なので そんなに遠くはない。
マンションに辿り着いた所で雨がポツポツと降り始めた。ギリギリセーフであった。
目覚ましテレビで星占いは見ていないが、間違いなく天秤座が一位だ。なんて素敵な幸運な一日なんだ。
私は鼻歌を交えながら施錠を解除してから自宅の扉を開けた。
「ただいまー」
 ……おかえりの返事はなかった。両親は買い物に出かけているので当然だった。もし、いるとしたら小学生の弟がお留守番をしているが、フライングした早目の反抗期なのか、おかえりと心温かく迎えてくれる可能性は薄い。
「あっ、帰ってきやがった」
 ほらね。
 弟は丁度トイレから出てきた所だ。弟の片手には携帯ゲーム機が持たれていた。また両親がいない間にトイレで引きこもってゲームで遊んでいたのだろう。灯りの少ないトイレでゲームをするのは目が悪くなるからとあれほど注意されているのにも何度も繰り返す。お母さんがいたら叱られていただろうに……馬鹿な弟。
 私がお母さんのかわりに叱ると、『うるさいな、顔がラージャンのくせに!!』と意味不明な啖呵を切っては口喧嘩が絶えない。クソをつけてもいいくらい腹の立つ弟だ。だけど、今の私は弥勒菩薩くらい心の広さだ。例えスカートをめくられても、頭を撫でて笑って許せる。そんな緩和さだ。
「どうしたん? 今日凄く機嫌がいいやん」
 弟が私の表情を見て尋ねてきた。私は――
「ふっふっふ。何だと思うかねワトソンくん?」
「無駄に演技が入っている分、気色悪いな。んー……あ、わかった。彼氏ができたんだろ?」
「半分正解したようなもんだよ」
「え? マジで」
 弟が本気で驚いた顔をする。ふふん、いい顔なこと。
 私は何も答えずに鼻で笑うだけで自分の部屋に戻った。 
 ベッドの上に紙袋を置いた。
 黄色と黒色の混ざり合わさったチェックカーテン。ドアにはお気に入りのポスターが貼られている。二つの本棚には多数の少女漫画が巻ごとに並べられている。最近掃除をおろそかにしまったので、ちょっと埃かぶっている。
まぁ、当たり障りのないごく普通の女子高生の部屋だ…………多分。
 すると、携帯電話からメールの着信音が鳴った。
『Re:本当に買ったの!? 本文:小奈美、頑張ってバイトしてたもんね。エライエライ! あたしも見てみたいから明日学校に持ってきてよ』
 絵文字や顔文字を混ぜて、何とも女子高生らしいメールだと思った。私も少しは見習ったほうがいいかもしれない。
 私は『あい』の二文字だけを送信して紙袋に入った箱を取り出した。
 赤色の眼鏡ケース。
 中にはイエローフレームの眼鏡が入っている。
 ようやく。
 ようやく手にいれた。
 私の人生を変えてくれるキーパーツ。
 私は覚悟を決めてから、ゆっくりと眼鏡をかけてみた。
 ここで自己紹介をしたいと思う。
 私の名前は春雨小奈美。北高等学校に通う二年生。勉学より運動の方が得意で、友人や人望にもそれなりに恵まれている。
 生まれてから大きな病気にかからず至って健康で視力も正常。
 眼鏡のレンズには度は入っていない。他人から見ればただの伊達眼鏡にしか思わないだろう。
 だけど違う。ただの眼鏡ではないのだ。
 なぜなら――
 レンズから見た右手の小指には二本の赤い糸で結ばれていた。

『太平広記』と呼ばれる中国の古い本にこんなお話がある。
 昔々、イコさんと呼ばれる旅の青年は町の宿で不思議な老人と出会いました。老人曰く、「人の足首には決して断つことができない赤い縄があり、その縄に結ばれた男女は時や場所に関係なく、必ず結ばれる運命なのだ」と言います。老人の話を鵜呑みにしたイコさんは「僕に運命の人を教えてくれ」とお願いしました。
 イコさん、性格が悪いのか縁談をことごとく破棄してきたらしいのです。あまりにもしつこいので老人は渋々、イコさんに教えてもらいました。苦労して辿り着いた運命の相手は醜い少女でした。イコさん、これに大ショック。「これがおいどんの運命の人……」イコさんはその場でそして、こんな幼女と結婚するくらいなら殺そうと決断しました。懐に隠していた刀でヒュッ!! とね。
 それから一四年後。役職に就いたイコさんは上司の美しい娘さんを紹介されてめでたく結婚しました。その娘さん、確かに美しいのですが、眉間に傷がありました。何でも「小さい頃、血相を変えた男が刃物を持っていきなり襲い掛かってきた」とのことです。
 紛れもなく犯人はイコさんでした。
 それを聞いたイコさんは必死になって謝りました。娘さんは笑顔で許しました。こうして一度は傷つけてしまった小さな幸せを優しく抱きかかえ、末永く暮らしましたとさ。
 これが赤い糸の起源となっているお話。
 私が『太平広記』を読んだ時、ロマンティックな恋愛小説なのか悩む所で、むしろ道徳の課題にでもできそうだ。
 日本の『古事記』にも似たような話があるが、こちらはかなりグロテスクなのであえてふせる。

 三ヶ月前。 
 私は駅前の貼られていたポスターを見て『シンレッドライン』に魅入られた。
『シンレッドライン』
 それはコンピューター会社のMECと金田メガネとのコラボレーション企画で生まれた眼鏡。何だか戦争映画を連想させてしまう商品名だが、その名の通り運命の赤い糸が見えるのだ。
公式ホームページで確認したけど、専門用語のような横文字が沢山並んでて、さっぱりわからなかった。つまりダニくらいのミイクロチップ的なものが沢山メガネに仕組まれていて、未来から来た青色の猫型ロボットもびっくりするくらいスーパーメカニック的な眼鏡なのだ。
 ただし、『シンレッドライン』は半端なく高い。最新パソコンが二台買えてしまうお値段だ。
 誰でもお手軽に入手できるわけではないのだ。
 私は『ジンレッドライン』を買うために大須にあるコスプレカフェでアルバイトをした。選んだ理由はできる限り短期間で高収入を得たかったから。必要以上にスマイルを振りまいたり、無理にフリルのミニスカートを見せつけた甲斐があったもんだ。
 全ては『シンレッドライン』のため。運命の人を見つけるため。
 小指に繋がっている二本を赤い糸を見るたびに私は笑みを零さずにはいられなかった。
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